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大阪地方裁判所 昭和51年(行ウ)3号 判決

原告 柿木ひで ほか三名

被告 枚方税務署長

代理人 岡崎真喜次

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

被告が原告柿木ひでの昭和四八年分所得税についてした昭和四九年一一月三〇日付決定及び無申告加算税賦課決定、並びに原告柿木大治、同柿木茂及び同堀口京子の昭和四八年分所得税についてした昭和五一年二月二三日付再更正及び無申告加算税賦課決定を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

主文同旨の判決。

第二当事者の主張

一  本件請求原因

(一)  原告らは、昭和四八年分所得税の申告をしなかつたところ、被告は、原告らの同年分所得税について昭和四九年一一月三〇日付で別表第一記載の内容の決定及び無申告加算税賦課決定(以下本件決定という)をし、原告柿木大治、同柿木茂及び同堀口京子の同年分所得税について昭和五一年二月二三日付で別表第二記載の内容の再更正及び無申告加算税賦課決定(以下本件更正という)をした。

(二)  本件決定及び本件更正には、原告らの所得を過大に認定した違法がある。

(三)  結論

原告らは被告に対し、本件決定及び本件更正の取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因(一)は認め、(二)は争う。

三  被告の主張

(一)  原告柿木大治及び同柿木茂には、昭和四八年に別表第四〈1〉記載の給与所得があつた。

(二)  原告らは、枚方市大字招提二八〇番 田六四七平方メートル及び同所二八一番 田一、一三〇平方メートルを、原告柿木ひでが九分の三、その余の原告らが九分二の割合の割合の持分で共有して来た。

(三)  原告らは、昭和四七年七月五日、訴外東邦建設株式会社(以下東邦建設という)との間で、右(二)の土地のうち同日東邦建設に売却した一、二八二平方メートルを除く残余の四九五平方メートルの土地(以下本件譲渡土地という)を東邦建設に譲渡し、枚方市招提二七四番 田一、四九四平方メートルのうち四九五平方メートルの土地(以下本件譲受土地という)を東邦建設より譲り受ける旨の交換契約をした。

(四)  東邦建設は昭和四七年七月五日、訴外和田正よりその所有の本件譲受土地を含む八三六平方メートルを二、一五〇万五、〇〇〇円(三・三平方メートル当り八万五、〇〇〇円)で買い受けた。右買受は本件譲受土地を農地以外のものにする目的であり、かつ右土地は市街化区域内にあつたので、当事者は昭和四七年九月二七日大阪府知事に対し農地法五条一項三号による届出をした。本件譲受土地については、昭和四七年一一月二四日和田正より東邦建設へ。昭和四九年二月七日東邦建設より原告ら(持分は前記(二)に記載と同じ)へ、それぞれ所有権移転登記手続がされた。

(五)  本件譲渡土地を含む枚方市招提二八一番地の一 田八八八平方メートルは、昭和四七年七月東邦建設より訴外中村勝敏へ、さらに同訴外人より訴外大和住宅建設株式会社(以下大和住宅という)へ譲渡された。そこで、原告らは、前記(三)の交換契約の履行として右土地を直接大和住宅に譲渡することにした。これら譲渡は、右土地を農地以外のものとする目的であり、かつ、右土地は市街化区域内にあつたので、原告らと大和住宅は、昭和四八年二月二七日、右土地を原告より大和住宅に譲渡する旨の農地法五条一項三号の届出をした。右土地については昭和四八年四月一七日原告らより大和住宅に所有権移転登記手続がされた。

(六)  本件譲受土地の前記(三)の交換契約以降の価格は、一、二七五万円(三・三平方メートル当り八万五、〇〇〇円)であつた。

(七)  原告らは、本件譲渡土地を昭和二七年一二月三一日以前から引続き所有していたものとみなされる。

(八)  以上の事実によると、原告らの本件譲渡土地の譲渡により譲渡所得金額は別表第三〈6〉記載のとおりになり、原告らの税額等は別表第四記載のとおりである。

(九)  したがつて、本件決定及び本件更正には所得を過大に認定した違法はない。

四  被告の主張に対する原告らの認否

(一)  三(一)(二)の各事実は認める。

(二)  三(三)の交換契約は、原告らが完結権を有する予約として、しかもその交換について所得税が課せられないことを条件として結ばれたものである。

ところが、東邦建設は原告らの最終意思を確認しないまま、原告らが預けておいた書類を利用して、本件譲渡土地につき大和住宅に所有権移転登記手続をしてしまい、原告らがこれを取り戻すことを不可能にして原告らに損害を与えた。そこで、原告らは昭和四九年に東邦建設と交渉し、東邦建設に対する右不法行為による損害賠償債権の代物弁済として本件譲受土地を取得したものである。本件譲渡土地の所有権移転は原告らの意思に基づかないものであり、課税の対象となる交換に該当しない。

(三)  三(四)の事実は、東邦建設の土地譲受価格の点を除き認める。

(四)  三(五)の事実のうち、本件譲渡土地を含む土地が東邦建設より中村勝敏、大和住宅へと順次譲渡されたこと、被告主張のような届出と所有権移転登記手続とがされたことは認める。

原告らは、東邦建設から求められるままに農地法所定の届出、所有権移転登記手続に必要な書類を手渡しておいたところ、東邦建設は、原告の最終意思を確認しないまま右書類を利用して右のような中間省略の届出と登記手続をしたものである。

(五)  三(六)の事実は争う。本件譲渡土地の当時の妥当な価格は、三・三平方メートル当り四万円であつた。

五  原告らの主張

(一)  本件交換については所得税法五八条一項により課税の繰延べが認められるべきである。

交換について、所得税法五八条一項に規定する形式的要件を備えていなくても、その交換が租税回避を目的としたものではなく、かつ他の方法により交換の特例を受けることが可能であるのに単に手続を誤つたにすぎない場合は、実質的に同項の要件を充たすものとして課税の繰延べを認めるべきである。本件については、課税の繰延べを認めるべき次の事情がある。

(1) 原告らは、本件交換により受ける実益はなく、東邦建設の一方的理由により交換された。

(2) 原告らには、もともと本件譲渡土地を宅地化する意向があつたので、本件譲受土地もついでに宅地化したにすぎない。

(3) 本件交換について同項の形式的要件を備えないことが判明したときには既に、本件譲渡土地について大和住宅に所有権移転登記がされ、これを回復することが不可能であつた。

(4) 東邦建設は、所得税法の交換の特例規定を充分調査せず、誤つた手続をしたため、原告らは、本件決定、本件更正を受けるに至つた。

(5) 原告らは、和田正との間で本件譲受土地、本件譲渡土地を田のままで交換しておれば、後に宅地化されても同項の適用を受けることができた。

(二)  本件決定、本件更正は憲法一四条に違反する。

原告らは、和田正との間で本件譲受土地、本件譲渡土地を田のままで交換し、一定期間後に宅地化したとしても、所得税法五八条により非課税とされる。たまたま、交換の相手方の所有地がたな卸資産かどうかによつて、課税されたり、課税されなかつたりするという不公平な結果が生じることになるが、このことに合理的理由がなく、また交換土地がたな卸資産でない原告らにのみ課税される合理的根拠がない。

また、税法の特例を熟知しているもののみが非課税の恩典を受け、無知なものが課税されることになるのは、不合理な差別である。

(三)  原告らは、所得税法五八条の適用を受ける旨の記載をした確定申告書を提出しなかつた。これは、原告らと東邦建設との間に紛争があり、また原告らが税務知識に乏しかつたためであるから、同法五八条三項の「止むを得ない事情がある」ときに該当する。

(四)  不動産の等価交換の場合は、一般に非課税との認識があり、原告らもそのように誤信して申告手続をとらなかつたにすぎないから、確定申告をしなかつたことについて国税通則法六六条一項ただし書の「正当な理由」があつた。

六  原告らの主張に対する被告の反論

(一)  本件交換が、所得税法五八条一項の要件を備えていない以上、同条の課税の繰延べを認める余地はない。

(二)  所得税法五八条一項の要件を備える場合に限つて課税の繰延べを認めることには合理的な理由があり、本件決定、本件更正は憲法一四条に反するものではない。

(三)  確定申告をしなかつた理由が、納税者の法律の不知又は誤解に基づく場合には、国税通則法六六条一項ただし書の「正当な理由」があることにはならない。

第三証拠関係 <略>

理由

一  本件決定及び本件更正

原告らの昭和四八年分所得税について、昭和四九年一一月三〇日付で本件決定がされ、次いで原告柿木大治、同柿木茂及び同堀口京子について本件更正がされたことは当事者間に争いがない。

二  譲渡所得について

(一)  被告の主張(二)のとおり、原告らが枚方市大字招提二八〇番及び二八一番の土地を共有して来たことは当事者間に争いがない。

(二)  原告らが、昭和四七年七月五日、東邦建設との間で、原告ら共有の本件譲渡土地と和田正所有の本件譲受土地とを交換する旨の契約をしたことは、<証拠略>によつて認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

原告らは、右交換は、原告らが完結権を有する予約として、しかもその交換によつて譲渡所得税が課せられないことを条件とし結ばれたものであると主張するが、本件に顕われた証拠を仔細に検討しても右主張事実を認めることができる証拠はない。

もつとも、<証拠略>によると、原告柿木ひでは右交換契約を締結する際これにより所得税等の租税は課せられないものと考えていたことが認められるが、所得税が課されないことが交換の際の条件として当事者間に約束されたことまでも認められる証拠がないのである。

そして、<証拠略>中には、原告柿木ひでが東邦建設の専務取締役訴外加藤仙次に対し、税金がかからないかと聞いたところ、同訴外人は税金はかからない、もしかかつたら東邦建設が負担すると述べたとの部分があるが、これだけでは、所得税相当額を東邦建設が負担する約束があつたということはともかく、所得税が課されないことが交換の条件として約束されたことまで認定することはできない。

(三)  被告の主張(四)のとおり、東邦建設は和田正より本件譲受土地を含む土地を買い受けて農地法五条一項三号の届出をし、本件譲受土地について和田正より東邦建設へ、東邦建設より原告らへ所有権移転登記手続がされたことは、当事者間に争いがない。

(四)  被告の主張(五)の事実のうち、本件譲渡土地を含む八八八平方メートルの土地が東邦建設より中村勝敏へ、中村勝敏より大和住宅へ順次譲渡されたこと、原告らより直接大和住宅への所有権移転について、農地法五条一項三号の届出と所有権移転登記手続とがされたこと、以上のことは、当事者間に争いがない。

<証拠略>によると、東邦建設は宅地造成販売を業とする会社であり、本件譲渡土地も宅地造成のうえ他に転売する予定であり、原告らもその事実を知つていたが、原告らとしては交換契約が履行されれば、本件譲渡土地について原告らより直接に転買人に所有権を移転し、その旨の農地法上の届出、所有権移転登記手続をすることにしても差支えがないと考えて、前記交換契約の履行として、譲受人欄を白地にした農地法五条一項三号の届出書及び所有権移転登記手続申請の委任状を東邦建設に交付して委ねていたところ、本件譲渡土地は前記のとおり転売され、東邦建設及び大和住宅が右の書類の譲受人欄に大和住宅の名を補充し、それを用いて原告らより大和住宅への所有権移転について農地法五条一項三号の届出及び所有権移転登記手続をしたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告らより大和住宅への所有権移転についての農地法五条一項三号の届出は有効ということができる。

(五)  右認定のとおり、原告らは、昭和四七年に東邦建設との間で本件譲渡土地を本件譲受土地と交換し、昭和四八年に本件譲渡土地について農地法上の届出がされて所有権移転の効力が生じたものであるから、これによつて、本件譲渡土地の交換による収入金額が確定したものということができる。

ところで、原告らの収入金額は、昭和四八年の本件譲受土地の価格相当額であるところ、<証拠略>によると、東邦建設は、昭和四七年七月五日、和田正より本件譲受土地を含む土地を、原告らより本件譲渡土地に隣接する土地を、いずれも三・三平方メートル当り八万五、〇〇〇円の価格で買い受けたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、昭和四八年の本件譲受土地の価格も三・三平方メートル当り八万五、〇〇〇円と推認することができる。

原告らは妥当な価格は三・三平方メートル当り四万円であると主張するが、右の推認を覆すに足りる証拠はないし、本件譲受土地の価格が、三・三平方メートル当り八万五、〇〇〇円を下廻ることが認められる証拠もないから、原告らのこの主張は理由がない。

(六)  以上認定の事実及び原告らが明らかに争わないから自白したものとみなされる被告の主張(七)の事実によると、別表第三のとおりの計算により、原告らには昭和四八年に同表〈6〉に記載の譲渡所得があつたことになる。

(七)  そして、別表第四〈1〉記載の事実は当事者間に争いがなく、同表〈4〉ないし〈10〉及び〈16〉の事実は原告らが明らかに争わないから自白したものとみなされる。

そうすると、原告らに対する本件決定及び本件更正のうち、本税の決定及び再更正は適法であつて、被告が原告らの所得を過大認定した違法はない。

三  非課税の主張について

原告らは本件交換について所得税法五八条を適用すべきであると主張するので判断する。

<証拠略>及び弁論の全趣旨によると、本件譲受土地は東邦建設が原告らと交換するために本件交換契約の日と同日に買い受けたものであること、原告らは本件交換前は本件譲渡土地を田として使用していたが、本件交換後は本件譲受土地を宅地として使用していること、以上のことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、本件交換については、所得税法五八条一項の特例を適用するための要件を備えていないことが明らかである。

原告らはその主張(一)の事情の下では実質的に所得税法五八条一項の要件が充たされていると主張する。しかし、このような非課税規定は拡大解釈すべきものではない(最高裁判所昭和四三年(行ツ)第九〇号、同四八年一一月一六日第二小法廷判決、民集二七巻一〇号一三三三頁参照)から、原告ら主張の事情があつたとしても、本件交換について所得税法五八条一項を適用することはできない。

そして、当裁判所がこのように解して本件決定、本件更正を適法と認めることが、憲法一四条に反すると解することもできない。

以上の次第で、原告らのこの主張は理由がない。

四  無申告加算税について

原告らは、不動産の等価交換の場合は一般に非課税との認識があり、原告らもそのように誤信したために、確定申告をしなかつたにすぎないから、確定申告をしなかつたことについて、国税通則法六六条一項ただし書の「正当な理由」があると主張するので判断する。

原告らの主張する無申告の理由は、要するに法の不知であるから、そのような事情が同項ただし書の「正当な理由」に該当すると解することはできない。

そうすると、本件決定及び本件更正のうち、無申告加算税賦課決定の部分にも違法はない。

五  むすび

以上のとおり、本件決定及び本件更正には、違法な点がないから、原告らの本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条に従い主文のとおり判決する。

(裁判官 古崎慶長 井関正裕 西尾進)

別表第一

原告

所得金額

決定税額

無申告加算税

給与所得

分離長期譲渡所得

柿木ひで

3,037,500

424,500

42,400

柿木大治

1,045,400

1,416,667

212,400

21,200

柿木茂

829,250

1,416,667

212,400

21,200

堀口京子

1,416,667

181,800

18,100

別表第二

原告

所得金額

決定税額

無申告加算税

給与所得

分離長期譲渡所得

柿木大治

1,045,400

1,691,667

253,600

25,800

柿木茂

829,250

1,691,667

253,600

25,800

堀口京子

1,691,667

222,600

22,200

別表第三 譲渡所得金額の計算

柿木ひで

柿木大治

柿木茂

堀口京子

収入すべき金額の総額

〈1〉

12,750,000円

譲渡資産の持分

〈2〉

3/9

2/9

2/9

2/9

収入金額

〈3〉

4,250,000

2,833,333

2,833,333

2,833,333

取得費

〈4〉

212,500

141,666

141,666

141,666

特別控除額

〈5〉

1,000,000

1,000,000

1,000,000

1,000,000

譲渡所得金額

〈6〉

3,037,500

1,691,667

1,691,667

1,691,667

別表第四 課税標準、税額等の計算

柿木ひで

柿木大治

柿木茂

堀口京子

所得金額

給与所得

〈1〉

1,045,400

829,250

総所得

〈2〉

1,045,400

829,250

分離長期譲渡所得

〈3〉

3,037,500

1,691,667

1,691,667

1,691,667

所得控除金額

社会保険料控除

〈4〉

45,054

37,524

生命保険料控除

〈5〉

26,937

37,500

損害保険料控除

〈6〉

10,000

配偶者控除

〈7〉

207,500

扶養控除

〈8〉

155,000

基礎控除

〈9〉

207,500

207,500

207,500

207,500

〈10〉

207,500

651,991

282,524

207,500

課税される所得金額

総所得

〈11〉

393,000

546,000

分離長期譲渡所得

〈12〉

2,830,000

1,691,000

1,691,000

1,484,000

算出税額

〈11〉に対する税額

〈13〉

39,000

57,500

〈12〉に対する税額

〈14〉

424,500

253,650

253,650

222,600

〈15〉

424,500

292,650

311,150

222,600

源泉徴収税額

〈16〉

39,000

57,500

差引納付すべき税額

〈17〉

424,500

253,600

253,600

222,600

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